ある一つの傾向
あるパン屋さんが閉店する際、大して足を運ばなかった人ほど「残念」「もっと続けてほしかった」「頑張ってほしかった」などと言う傾向があり、足繁く通っていたり、実際に応援していた人ほど「ありがとう」と感謝を伝える傾向にあると思っています。それはきっと、近くで見て、実際にアクションし、リアクションし続けることで、継続する大変さや苦労も分かち合う側面があるのしょう。数値化したわけではありませんが、個人的にはそういった傾向を感じています。
何かの企画や活動にしても同様で、参加していない人ほど終了に対して「行こうと思っていたのに」「楽しみにしてたのに」などという声を上げ、実際に活動に参加し、継続し、関係性のあった人ほど感謝を伝えてくれます。私自身のお仕事や活動においても、他の方のお仕事や活動においても、感じることは同様です。
この先もあってほしいものに対しては、表立って応援
やはり、この先もあってほしいもの、続いてほしいものに対しては、「出来る範囲」で「表立って」「応援」することが大切です。群雄割拠なだけでなく、何かと不安定かつ不景気な時代だからこそ、「陰ながら」では足りない事も。
もちろん、それをするためには自分に余裕があり、安定している必要もあると思うので「まずは自分を満たす」のが先なのですが、自分の身の回りをお気に入りや心地よさ、好きで満たすためには、それらの存続や繁栄までも応援し、支持する必要があります。
そして、それらの思いや行動さえ廻り回って巡るもの。だからこそ、「そういった人達とお付き合いしたいな」「そういったエネルギー循環の中にいたいな」と思う際には、自分からまずやってみせることも大切です。
日々、色々なニュースや話、事象に出くわしますが、何もしていない人の責任感のない言葉ほど薄く軽いものはないと思うばかりです。そうはなるまいぞ、と、肝を引き締めます。