最も豊かな人は、勝ち組・負け組の概念を持たない人
お仕事やプライベートを通し、沢山の方とご一緒させていただく中で、
「勝ち組」というものが存在するとすれば、勝ち負けの概念を持たない人のこと
であると感じています。
いや、お仕事や何かの活動ではトップを取らなければならなかったり、そうでなければ手に出来ないものがあったり、他者と競ったり、策を張り巡らせるべき時もあり、そこはもうゴリッゴリでいいと思うのですが、
「人生そのもの」を見た時には、勝ち組や負け組のない概念の人が最も豊かな気がし続けているのです。
それぞれに夢や理想があり、ワクワクや癒しがあり、現実的な課題があり、抱えるものがありますが、それを理解した上で清濁併せのめる人、調和を望める人は魅力的でしかありません。
それは、人生のCEO
また、友人にもらった古い本を読んでから、「神様(天、宇宙、超意識的なもの、崇高な存在的なもの)を私のキャリアのCEOにしよー」と思った時期がありました。
もちろん全てを丸投げではなく、人知を尽くして天命を待つ。汗をかき、手足を動かし、煙が出るまで頭を使い、時に絶望し、時に涙し、やれることの全てをした後には流れのままに全てを委ねようと。
しかし、ある時から「うちのCEOは全然働かない!」「うちのCEOは職務怠慢だ!」と思うことが続き、勝手にイライラ(笑)。
が、行き詰まりの中で、ふと「神様は”キャリア”ではなく、人生そのもののCEOなのか!」「仕事を包括した全体像を見てくれているのか!」と気付き、平謝りしたことがあります。(人生の~として考えると、全てにおいて良き計らい、出逢い、ご縁、結果が成っている)
つまり、何が言いたいのかというと、最終的には良きに計らわれるということ。
故に、目先の勝ち負けや、メディアや時代が作った勝ち負けに囚われることなく、「神様を自分の人生のCEOにする。CEOは必ず良き判断をし、繁栄する道を選ぶ」と信じる道も、またよきものだと思っています。